嘉吉元(1441)年に建立された臨済宗仏通寺ぶっつうじ派はの寺院で、開山に近衛家ゆかりの千畝周竹せんみょうしゅうちくを招きました。そのため現在も近衛家ゆかりの宝物が多く残されています。 また、千畝周竹は、画聖雪舟と親交があり、そのため重玄寺は雪舟の終焉の場所と伝えられ、多くの文献にその記載があります。(『東福寺誌とうふくじし』、『吉備物語』、『古画備考』、『備中集成志』、『也足外集やそくげしゅう』等その他多数) 創建後、数度の火災に遭い、天正年間(1573~1592)に焼失した際には豊臣秀吉が方丈を寄進したと言われますが、昭和30(1955)年鐘楼門と土蔵を残して再び全焼し、現存の重玄寺は井原市芳井町吉井篠原しのはらにあります。