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板敷水門いたじきすいもん

 岡山藩によって弘化2(1845)年から嘉永5年(1852)年にわたり干拓された福田新田は 625万㎡にも及び、それを囲む堤防には余水・悪水を排出するための水門が3カ所に築かれました。そのうちの一つが板敷水門です。
 幅10m、深さ6mに積み上げられた水門の石垣は、花崗岩を用いた高度な切り込み剥ぎの技法が使われており、築造年を表わす「嘉永二年 夏六月造ろくがつづくり」(1849)の銘が刻まれています。また、水門奉行・手代など水門築造に係わった人々の名前が刻まれた石材片なども指定に含まれています。
 現在の倉敷市の大半は江戸時代以降の新田開発によるもので、その名残りといえる板敷水門はこうした倉敷市の歴史を伝える貴重な遺産です。

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